雪渡り

宮沢賢治の故郷岩手県花巻はまだまだ寒さも厳しい季節です。
賢治といえば、童話と思う方が多いのではないでしょうか?「銀河鉄道の夜」や「春と修羅」「注文の多い料理店」など数々の名作が残されていますが、意外にも生前彼の作品はほとんど一般に知られることはありませんでした。
宮沢賢治の父は質屋を営み、地元では裕福な家に育ちました。鉱物採集に熱中し、周囲から「石っこ賢さん」と呼ばれていたほどでした。その後、飢饉のため質入れに来る貧農たちに、わずかなお金を渡し不自由なく暮らす家業に疑問を持ち始め、25歳の頃、童話作家を目指し家出同然に上京してしまいます。雑誌『愛国婦人』に童話『雪渡り』を発表しました。これで得た稿料は5円(現在約2万円程度)。これが生前唯一の稿料だったそうです。その後、妹トシの病気の一報を受け帰郷、花巻農学校の教諭に就任します。

意外なことに、生前の童話原稿料として貰った賃金は『雪渡り』の5円のみ。没後、草野心平らの尽力により作品群が広く知られ、世評が急速に高まり国民的作家となっていきました。数々の名作は後に広まっていったんですね。

ふと、窓越しにIHATOVの雪景色を眺めました。
“雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板で出来ているらしいのです”
(雪渡りその一(小狐の紺三郎)より)

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